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京都簡易裁判所 平成2年(ハ)1309号 判決

原告

黒田紘一郎

被告

自動車保険料率算定会

ほか一名

主文

原告の被告らに対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自九〇万円及びこれに対する平成二年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  請求原因の要旨

原告は、平成元年四月二五日午前八時四五分ころ、自動二輪車を運転して京都市上京区今出川通猪熊東入西船橋町三二二の二先の市道今出川通を東進中、先行する藤川洋史運転の原動機付自転車がパンクして転倒したため、衝突を避けようとして急制動し転倒したことにより入通院を要する傷害を受けたが、藤川は整備不良の車両を運転した過失があるうえ保有者として損害賠償責任があるので、原告は藤川が自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)契約を結んでいる保険者である被告千代田火災に対し被害者請求をした。被告千代田火災の担当者京都支店従業員中宣雄は、被告自算会京都調査事務所の担当職員古田稔雄と意思を通じ、共に自賠責保険を扱うものとして自賠法を理解し、いやしくも同法の解釈適用を誤り、自賠法一条の掲げる交通事故による被害者救済の目的に欠けることのないようにする義務があるのに、これを怠り、専ら被告千代田火災の利益を計る目的で、その任務に背き、警察への事故原因の照会の結果、藤川車のパンクの原因となる釘等は発見しておらず、却つてパンクの原因は藤川車の整備不良によるものであると警察は判断していることが判明したのにもかかわらず、この事実を無視し、平成二年五月一六日、自動車損害賠償保障法(自賠法)三条ただし書の免責三要件の立証が可能であるとして保険金の支払拒否の通知をしてきた。このため原告は、財産的、精神的損害を被つたと主張し、被告らは、中ら被用者の事業遂行上の行為について使用者責任を負うのであるから、不法行為に基づき慰謝料四五万円、支払拒否を撤回させるために委任した弁護士費用四五万円及びこれに対する支払拒否の日から完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  争点

1  藤川は、道路交通法六二条に違反し、整備不良車を運転していたか。

2  藤川には、自賠法三条ただし書の三要件の証明の可能性があつたか。古田所員の過失が問えるか。

3  中所長の支払不能の通知と被告自算会との共謀

4  審査による有責処理と被告らの責任

5  原告の損害

第三争点に対する判断

一  争点1(藤川の整備不良車の運転)について

西陣警察の実況見分調書添付写真(甲七)によれば、事故当時の藤川車の前輪タイヤは、表面が擦り減り、溝が全般的に浅くなり、一部には溝がなくなり、繊維が出ている部分も二箇所あるが、その一箇所には穴が明いてパンク箇所であることがうかがわれる。このような状況のタイヤは、中のチユーブ及びタイヤのパンクを招きやすく、整備不良車両に実質的に該当することは明らかである。しかし、損害調査に当たつた古田所員は、西陣警察において右調書を見せられなかつたので、タイヤの状況は知らなかつた。

二  争点2(藤川に三要件の証明の可能性があつたか、古田所員の過失)について

1  被告千代田火災の京都第一サービスセンターから損害調査のために一件資料の送付を受けた古田所員は、交通事故証明書の「車両単独の転倒事故」との記載、原告作成の事故発生状況報告書の、先行の藤川車が急に転倒し、五、六メートル後から追走していた原告車がそれを避けるため右ハンドルを切りながら急ブレーキをかけて転倒した旨の記載より、車両相互が接触していない事故のため有無責に疑念をもつた。西陣警察に聞いた事件の送致状況の回答は、両名とも不送致であり、藤川の事故状況に関する回答書では、藤川車の前輪パンクが転倒の原因であることが分かつたが、パンクの原因までは分からず、原告の事故状況に関する回答書では、原告車には車間距離の不保持があることが分かつた。したがつて調査の主眼は三要件のうち、藤川の運行上の無過失及び藤川車の構造上の欠陥又は機能の障害の不存在であるが、これらはパンク原因の調査の結果にかかるわけである。調査事務所においては、従前から損害調査に当たつては警察調査の内容を重要な参考資料にしているが、警察は調査事務所の照会に対して回答・説明すべき義務などないため、調査事務所としては警察に協力を要請し、好意に頼るだけの立場にある。古田所員は、事故現場に赴き測量、写真撮影を行つたうえ、西陣警察に行き、事故状況、処理結果を聴取した。その結果は、藤川車の前輪パンクは二箇所に穴が明いているが、穴の明いた原因は釘によるものではない、整備不良とも思えるが断定はできない、藤川車は時速三〇キロメートルで第一車線の左側端より約二メートルのところを走行しており、原告車は時速四〇キロメートルで両車は衝突していない、藤川は自損、原告は車間距離不保持であるが、衝突していないために車両の単独転倒事故として処理したことが分かつた。その後の藤川の父に対する電話照会においても、前輪パンクの原因は不明で、釘類はささつていなかつたとの回答であつた。そのため古田所員より、原告には車間距離の不保持及び安全運転欠如の過失があり、藤川は外側車線を制限速度で走行中、前輪パンクにより転倒したもので、事情やむを得ないものとして無過失であり、藤川の三条件の立証は可能との意見を付して事故状況報告がされた。その結果京都調査事務所から、原告には「車間距離不保持、前方不注視」の過失があり、藤川には「転倒して急ブレーキをかけたものに相当すると思料されるが被害車との接触もなく無責と判断する」との事務所意見が付されて近畿地区本部に稟議され、同本部も藤川車は無責として処理する旨の回答がされた。

2  以上の事実によると、被告自算会の損害調査の実情に基づいて考察すれば、西陣警察の事情調査の結果によつて、藤川車の運転上の過失はないが、パンク原因については、タイヤの摩耗という整備不良がうかがえたわけであるから、パンク原因を確定するなどして整備不良でないことが明確にされない以上三要件の証明がされるとして無責処理をすることはできない。その点被告自算会は、西陣警察の「車両単独転倒事故」としての処理、藤川に対する不送致処分、原告の車間距離不保持の過失及び両車両の不接触を重視し、警察がパンク原因は整備不良によるものではないと判断しているものと受け止め、三要件の立証責任についての解釈を過つて処理したものである。

3  なお、本件の有無責に関する調査事務所における認定は、担当の古田所員のみによつてなされるものではなく、所属組織が組織の責任において行つているものであることは、前認定の事実から明らかなところであり、また免責判断については稟議指定事項になつていて近畿地区本部の専決するところであるから、内部的な調査をする古田所員の違法行為を主張して被告自算会の使用者責任を問うことは適切ではない。しかし原告の主張には被告自算会自身の違法行為の主張も含まれているものと解することができる。

三  争点3(中所長の支払不能の通知と被告自算会との共謀)について

京都第一サービスセンターは、被告自算会京都調査事務所から無責通知を受け、中所長名で原告宛に、三要件立証可能で責任がないことを理由に、支払不能通知を発信した。自賠責保険制度においては、損害賠償請求権の成否、損害の有無範囲及び額などの損害調査は、保険会社で行わず、独立した第三者機関である特殊法人の被告自算会・調査事務所に依頼し、その調査結果に基づいて保険会社が処理するルールが確立した慣行となつている。京都第一サービスセンター中所長が被告自算会の無責判断に基づき無責処理をしたことになるが、争点2で認定した事実及び右の業務処理に照らしても、両者の間には意思相通じて共同して被告千代田火災の利益を図るため任務に背く共謀行為があつたことを認めうる証拠はない。しかし自賠責保険事務処理上の客観的な関連共同関係は認められるので、京都第一サービスセンター中所長も三要件の立証責任についての解釈を過つたものということができる。

四  争点4(審査による有責処理と被告らの責任)について

1  原告代理人安保弁護士より、平成二年五月三一日京都第一サービスセンターに支払を要求する電話があり、同年七月一三日、藤川車のパンクは整備不良によるものであり、一週間内に支払を求める旨の内容証明が京都第一サービスセンター宛に送付され、同社から京都調査事務所に再調査が依頼されて審査手続が始まり、同事務所より近畿地区本部に稟議され、同本部は同年八月一七日同事務所に「藤川車は三要件立証困難であり有責」と回答し、八月二一日には京都第一サービスセンターに本部回答を通知するとともに原告に対し損害額調査のためX線写真の取付を依頼し、以後有責処理が行われ、被告千代田火災は支払額を二九〇万四七二九円と決定し、同年一〇月五日付をもつて支払通知をし、銀行口座に振込んで支払つた。

2  そこで被告自算会の責任を検討する。被告自算会の無責判断に違法行為があつたものとして損害賠償責任が認められるためには、自賠法が交通事故による被害者保護のため一六条一項において被害者に保険会社に対する損害賠償額の支払請求権を認めていること、被告自算会は唯一、かつ、専門的な調査機関であることに徴し、独立・公平・妥当性が要求される反面、自賠責保険請求に対する責任判断には、規範的価値判断に属する微妙な問題を含むうえ、事実調査の制限を受けることを考慮すれば、違法又は不当な目的をもつて査定をするなど付与された職責(任務)の趣旨に明らかに背いて査定をすることが必要である。被告自算会に三要件の解釈適用を過つた点はあるが、被告自算会に違法又は不当な目的があることその他職責に明らかに背いて査定したことを認めうる証拠はない。

3  なお被告自算会における損害調査には、事実上三審制が採られ、調査事務所の調査結果に対しては、当事者に異議申立を認めて地区本部、調査事業本部において審査、再審査、不服審査を行うのである(また、自賠法の根幹につながる免責判断等全国的に均一判断の要求される事項については、稟議指定事項とされ、当初より地区本部ないし調査事業本部の専決事項とされている。)これら内部的な損害調査制度に照らせば、審査の結果有責判断に変更されたときは、これをも加味して違法性を判断すべきところ、三か月未満で無責判断は変更されていること、原告の藤川に対する損害賠償請求権に対しては、侵害を加えたわけではないことに徴すれば、違法性の存在を認めることはできない。

4  被告千代田火災の責任については、京都支店の京都第一サービスセンター所長である中が違法又は不当な目的をもつて自賠責保険の被害者請求を拒否するなどその他保険会社の職責の趣旨に明らかに背いて支払拒否をする場合は、違法行為とされるが、これを認めうる証拠はないから、被告千代田火災は責任を負わない。

(裁判官 岡村迪夫)

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